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zoom RSS 日本経済の問題点 その2 (終わり)

<<   作成日時 : 2017/05/28 21:49   >>

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高すぎる生活費

季節はそろそろ夏ですね。
私の勤める喫茶店も、空調なしで過ごせる良い季節になりました。この状態で1年が過ごせれば経費的にも心配が一つなくなるのになあと、四季による気温の激しい変化を恨みたくなります。
一方で、春夏秋冬それぞれの景色の変化を感じるのは楽しいものです。自然の美しさを愛でることが出来るのも、霊長類の特権ですね。ちゃんと特権を享受したいものです。

さて、前回からブログが空いてしまいましたが、経済について述べることを宣言してしまったので、今更面倒なのですが、一応まとめてから、他の話題に移りたいと思います。ほとんど誰も見ていないようなブログでも、そういうところ、結構気にしています。

さて、経済の問題といっても幅広いのですが、今回は「経営」という観点から意見を述べさせてもらいます。
以前からお話ししているように、私は現在、とても小さな喫茶店を営んでいます。従業員は私を含め2名の体制で、週1日休みで営業しています。
この仕事に専念するようになり、この5月で丸1年経ちました。1年間お店の仕事をしてみて本当にいろいろなことがありました。お店を継続するためには家賃や光熱費、仕入れ、諸々の経費など様々な支払いがあります。加えてそこで働いている人の人件費も必要です。そしてそれらは商品を売った売り上げのなかから毎月支払って行かなければなりません。
十分な売上げがなければ、支払いが滞り、その状態が続くと、お店を継続することが出来なくなってしまいます。
現在お店の売上げ状況は必ずしも順調ではなく、人件費を切り詰めて何とか維持しているような状態です。人件費を切り詰めるということは、私の生活費が減るということで、私が支払わなければならない、携帯電話料金、車のガソリン代、自動車税、自動車の保険料などの支払いが難しくなります。また、健康保険料、年金なども支払えなくなります。収入がなくなれば、それらの支払いが出来なくなり、いよいよ困ります。
だったら、売れないお店の仕事を辞め、どこかの会社へ就職し、給料を貰った方が良い、というのは至極一般的な考え方です。
しかし、どこかへ就職するということは、喫茶店の仕事が出来なくなるということで、他にその店をやってくれる人がいなければ、その喫茶店はなくなってしまうと思います。
私はどうしても今やっている喫茶店を出来る限り残したいという思いがあります。ですので、生活が苦しくてもなんとか頑張りたいと思ってお店をやっています。

さて、ここで自分の問題ともリンクするのですが、少ない収入で生活が出来ないということにフォーカスしてみたいと思います。

私としてはこう考えます。なぜ携帯電話代がこんなに高いのか?
なぜ、自動車税はこんない高いのか?なぜ、保険料、年金がこんなに高いのか?
高すぎるんじゃないか?もっと安く出来るんじゃないか?と常々不満に思っています。
しかし、携帯電話会社や国はそういった不満はどこ吹く風で、きまった金額を定め請求してきます。

もう少し視点を変えてみたいと思います。携帯電話は生活に必要だろうか?
健康保険は生活に必要だろうか?自動車は生活に必要だろうか?

その問いに対し、携帯がなければ、友達や会社に用事があるとき連絡がとれない。車がなければ会社に通えない。健康保険がなければ医療費が高くなる。という答えが一般的かと思います。

しかし、私の考えは違います。なぜ、電話で友人と連絡をとらなければいけないのか?あるいは、会社へ連絡するために携帯で連絡しなければならないのか?なぜ車で会社へ行かなければならないのか?自転車や歩きではいけないのか?健康であれば医者にかかる必要がないのだから、保険料を払っても無駄じゃないか?と思うわけです。
例えば健康を維持するためにスポーツをしたり、タバコを吸うのをやめたり、食事をバランスよくとったりなど、個人が気をつけて出来ることがいろいろとあると思います。一番良いのは事故や怪我、病気を予防する生活を送り続けることだと思います。実際自分はここ最近、病院に行った記憶はありません。それはたまたま運が良いのではなく、自分なりに気をつけているからだとも思います。

人間は節制した生活をすれば、それがなくても生きられるものというものが沢山あると思います。テレビもそうだと思います。家へ帰るとなんとなくテレビを見てしまう。しかし、見なくても死ぬわけではありません。不便だと思うのは、そのテレビを見た人と情報の共有が出来ないことくらいなんではないか?と思います。

別にテレビを見たって良いと思います。そうではなく、私が言いたいのは、ある程度必要なものかもしれないが、それらの金額がちょっと高いのではないか?ということです。車も高い。ガソリンも高い。携帯代も高い。家賃も光熱費も水道代も、食品の値段も全てが高めに設定されていないか?ということです。生活必需品の値段というものが、もう何割か下げられることで、人々の生活はずいぶん楽になると思います。
楽になると何がよいか?というと、余暇の時間が出来、気持ちの余裕も出来、他人との関わりについても、もっと円滑にしよう、という人が現われると思います。当然、怠け者や他人に害をもたらす人も出てくるかもしれません。しかし、経済的な余裕が気持ちの余裕をもたらし、それが人間同士の関係に良い影響を与えるだろう、と私は思います。そういう人が歴史上に、多くはないけれど、存在し、そういう人の努力により、文化は成熟し、人の世の秩序は保たれ、多くの人の役に立つ事業を成し遂げて来たりしたのではないか?と思います。
しかし、現在、基本的生活費がかかりすぎることが、そういった志を持つ健全な若い性格の良い人、徳のある、人の役に立ちたいと願って生きている人の自然な出現や、活動を妨げていることが結構あるのではないか?と思います。

日本政府なり、大企業なり、投資家なりは、こういった社会に潜んでいる純粋に世の中の役に立ちたいと願っている人達の生活を、応援し、自由に活動させてあげるべきだと思います。生活に困らない適切な給与を与えたり、生活に負担の少ない税金を課したりすること、そういった人民に優しい国であってほしいと切に願っている今日このごろです。

今のお金を投資するしくみは、大きなシステムの機能や、組織による決定を経ないと投資がなされないところが、個人への支援を妨げているのではないかと思います。例えば株式市場というものは、多勢の株主から大きなお金を集めてそれを資本とするため、その資本家達の意向を窺わなければ、お金を使うことが出来ないという状況になっていると思います。経営者が自由にお金の使い道を決めることが出来ない。
それは経営者の暴走を食い止める働きはあるかもしれないが、逆に天才的な企業家のアイディアや勝負勘のようなものを発揮することは出来なくなると思います。
私がなぜ、そんな経営者の独断のようなことを支持する気になるかというと、私利私欲を捨て、本当に純粋に世の中の役に立ちたいと考えている人というのは、めったにいないのですが、そういう人がごくたまに現れた時、その人が自身の信じる道を規制やルールによって遅らせたり、止まらせたりすることはとても勿体ないことだからです。
人は、お金儲けに成功している人間は腹黒いと思いがちです。もっと良い生活がしたいけれど、到底そんな生活は出来ないと思って、お金のある人を妬んだりすることもあります。
しかし、真の成功者というのは、腹黒いから成功しているのではなく、誰もやらないようなことを、人の注目も集めずに地道に努力して年数をかけて、気がついたら大きな財産を築いていた、というような人間なのではないか?と私は思います。
本当に世の中の多くの人の役に立つような活動を行える人物が、どんどん出現するような世の中を、私は期待したいです。私自身、世の中の役に立ちたいと思って、今後も自分の仕事に取り組んで行きたいと思います。

最後に、最近読んだ本で印象的だった詩を紹介して、今日のまとめにしたいと思います。

キングスレイ・ウォード
ビジネスマンの父より息子への30通の手紙(城山三郎 訳)より
著者の息子が中学生の時に書いたという詩

みんなが顔をのぞきこんできく なぜって
ほんとうをいって わからない

でもだれだって 手をのばすことはできる
天をつかむつもりで 
ぼくにはぼくのやり方がある

そしていつか
そこまで行けるかもしれない

いまそのためにがんばっている
毎日いろいろなことを考えながら

たくさんの問題が待っている
解決するものも しないものも
でもぼくはけっして怒ったりしない
悲しくなるのはちょいちょいだけれど
決して 決して 怒ったりしない

あんまり忙しいのはいやだ
そうなったら やめて
仕事に戻るのは 頭を冷やして
楽しい気分になってから

きみのやり方は違うだろう でも
ぼくのやり方はこうなんだ

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